先日、久米宏さんの訃報に接し、その直後の言葉にならない寂しさを
ですが、一晩経っても思い出が溢れて止まらず、
私自身の青春時代(ぴったしカン・カンやベストテンの頃)の話も含めて、
改めてここに詳しく残しておこうと思います。
久米宏さんの訃報に接し、言葉にならない寂しさを感じています。
私にとって、日曜の夜といえばこの番組でした。『久米宏のTVスクランブル』。
今のテレビでは考えられないような熱量と、いつ何が起こるかわからない緊張感。
毎週、テレビの前で背筋を伸ばしながら、
でもワクワクしながら釘付けになっていたのを覚えています。
ふと思い立って、大切に保管していた当時の本を引っ張り出してきました。
昭和58年(1983年)発行の初版本です。
ページをめくると、あのカミソリのようなキレ味鋭いコメントと、
横山やすしさんとのスリリングな掛け合いが脳内で再生されるようです。
予定調和が一切ない、まさに「スクランブル(緊急発進)」の名にふさわしいライブ感。
あのお二人のやり取りこそが、日本のテレビ史における一つの到達点だった気がします。
私の記憶の中の「久米宏」
振り返れば、私の成長過程にはいつも久米さんがいました。
一番古い記憶は『ぴったし カン・カン』。
あの軽妙な司会ぶりに、子供ながらに「大人って楽しそうだな」と思わされました。
そして、中学・高校生の頃に夢中になったのが『ザ・ベストテン』。
黒柳徹子さんとのマシンガントークは、地方の学生だった私にとって、
都会の香りがする一番のエンターテインメントでした。
届かなかった「ニュースステーション」の電波
その後、久米さんは『ニュースステーション』で日本の夜を変えました。
でも、当時の青森県や岩手県には、まだテレビ朝日系列の局が
開局していなかったんですよね。
日本中が久米さんの「こんばんは」に耳を傾けている中、
私たちの地域ではその姿をリアルタイムで見ることができないもどかしさ。
あの時感じた「情報の壁」のようなものも、今となっては懐かしい思い出です。
時代の終わり、そして感謝
本のプロフィール欄にある若々しい久米さんの写真を見ていると、
テレビが一番面白かった時代の記憶が鮮明に蘇ります。
今の時代、あんなに自由で、あんなに鋭く、あんなに愛された司会者が現れるでしょうか。
久米さん、素敵な日曜日の夜を、そしてたくさんの刺激を、
本当にありがとうございました。
心よりご冥福をお祈りいたします。


