古本と記憶の物語|盛岡の長屋にあった祖父の本屋が教えてくれたこと

2025/12/02

家族の思い出

「祖父の本屋の記憶をたどるように、古本の香りが春風に混ざる。」

📚 古本と記憶の物語:祖父の本屋が教えてくれたこと

いつも読んでくださっている方も、今日たまたま見つけてくださった方も、 ありがとうございます。 暮らしの中で感じたことを、気ままに綴るブログです。

今回は、私が幼い頃に盛岡の町中の長屋で営まれていた、 祖父の小さな本屋について書いてみようと思います。

🏘️ 盛岡の長屋にあった祖父の本屋

祖父は私が小学6年生のときに亡くなり、 そのときに長年続けてきた本屋も静かに幕を閉じました。

町の一角にあるトタン屋根の長屋。 小さな看板の奥が本屋で、その奥は住まいと台所につながっていました。

決して大きなお店ではありませんでしたが、 本がずらりと並んだあの空間の空気は、今でも鮮明に心に残っています。

📖 親族へ受け継がれた「本屋の血」

不思議なことに、祖父の兄も別の場所で本屋を営み、 祖父の弟やその子ども(私の叔父)もまた本屋を開いていました。

「この家には、本屋の血が流れているのかもしれない」 そう思わずにはいられません。

祖父の家は、私が住んでいた弘前からお盆に帰る場所でした。 水道はなく井戸水、トイレも外。 町の中なのに「どうして?」と子ども心に不思議に思った記憶があります。

📚 古本への意識の変化

子どもの頃の私は古本に興味がなく、 「新しい本がいいのに」と思っていました。

でも今なら、あの本棚も、紙の匂いも、 すべてが宝物のように感じられます。

古本って、誰かの時間や思い出がそっと染み込んでいて、 新品にはない温度があるんですよね。

🌿 記憶の中で息づく「本屋の空気」

今では両親も祖父母も亡くなってしまいました。 けれど、家族が大切にしてきた店や本の空気は、 記憶の中で静かに息づいているように思います。

古本を手に取ると、 あの長屋の薄暗い店内や、祖父の姿がふっと蘇ることがあります。

本はただの紙ではなく、 “記憶を運ぶ小さな箱” なのかもしれません。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。 昔ながらの盛岡の暮らしや、古本の温かさを少しでも感じてもらえたら嬉しいです


🌿 昔の記憶を大切にしている誰かに、そっと届きますように。

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