古本と記憶の物語:祖父の本屋が教えてくれたこと

2025/12/02

家族の思い出

t f B! P L
いつも読んでくださっている方も、今日たまたま見つけてくださった方も、
ありがとうございます。
暮らしの中で感じたことを、気ままに綴るブログです。
 今回は、私が幼い頃に盛岡の町中の長屋で営まれていた祖父の小さな本屋について
書いてみます。




 水道もトイレも外にあるという昔ながらの家で営まれていたその店は、
私にとって故郷の原風景です。
実は祖父だけでなく、親族も本屋を営んでいました。
まるで「この家には本屋の血が流れている」かのように。
 
 この記事では、祖父が大切にした店の記憶と、時を超えて私が感じる「本の空気」について綴ります。 昔ながらの盛岡の暮らしに興味がある方にも楽しんでいただけたら嬉しいです。

 盛岡の長屋にあった祖父の本屋

祖父は私が小学6年生のときに亡くなり、そのときに長年営んでいた本屋も
静かに幕を閉じました。
町の一角にあるトタン屋根の長屋。小さな看板の奥が本屋で、
その奥は住まいと台所につながっていました。
決して大きなお店ではありませんでしたが、
本がずらりと並んだ空間の空気は、今も鮮明に心に残っています。

親族へ受け継がれた「本屋の血」

不思議なことに、祖父の兄も別の場所で本屋を営み、
祖父の弟やその子ども(私の叔父)もまた本屋を開いていました。

「この家には、本屋の血が流れているのかもしれない」そう感じずにはいられません。

祖父の家は、私が住んでいた弘前からお盆に帰る場所でした。

水道はなく井戸水、トイレも外。町の中なのに「どうして?」と子ども心に不思議に思った記憶があります。

古本への意識の変化

子どもの頃は古本に興味がなく、「新しい本がいいのに」と思っていました。
でも今なら、あの本棚も、紙の匂いも、すべてが宝物のように感じられます。

記憶の中で息づく「本屋の空気」

今では両親も祖父母も亡くなってしまいました。けれど、家族が大切にしてきた店や本の空気は、記憶の中で静かに息づいているように思います。

個人の思い出を長々と綴りましたが、最後まで読んでくださりありがとうございました。






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