ようこそ。いつも読んでくださっている方も、今日たまたま見つけてくださった方も、 ありがとうございます。
東北の設備会社で15年間勤めて、パワハラが原因で会社を辞めた経緯を書いています。 今回は、私が以前いっしょに働いていた「パワハラI主任」が、 ついに“ひとり部署”に異動するまでの話と、その裏側で静かに進んでいた“心の崩壊”に ついてお話ししようと思います。
隣のラインから見えた不穏な空気。牙を剥いた主任の激しい怒号
これは、I主任が“隔離部署”に異動になる前の出来事です。 私はすでに別のラインに移っていましたが、当時の彼らのラインの様子は すぐ隣から丸見えで、毎日イヤでも激しい怒鳴り声が耳に入ってきました。
ある日、別のラインからひとりの優秀なリーダーが異動してきました。 名目は「人手不足の応援」でしたが、本当のところは、 会社が主任をラインから外すための準備だったのだそうです
そのリーダーは物腰が柔らかく、みんなから信頼されている人でした。 しかし主任は、そんな彼の丁寧なやり方がどうしても気に入らなかったようです。
しだいにプレッシャーは強まり、工場中に響き渡るような主任の怒鳴り声が連日響くようになりました。
「何度言ったらわかるんだよ!」
主任はとにかく“自分のやり方”以外を絶対に認めない人。 少しでも手順が違うと、すぐに声を荒らげるのです。
リーダーは冷静に対応していましたが、それがまた主任の逆鱗に触れたのか、 「こいつ、なめてんのか」とでも思ったのか、攻撃はますますエスカレートしていきました。
周囲の誰もが「ああ、これは時間の問題だな……」と胸を痛めながら見守るしかありませんでした。
明るかった人が笑顔を失った──うつ病での休職と、遅すぎた会社の決断
やがてリーダーは休みがちになり、ついに職場から姿を消してしまいました。 あとから知ったのは、病院でうつ病と診断され「即休職」を言い渡されていたということ。
あんなに明るく素敵だった人が、一瞬で心を壊されてしまったのです。 私の胸はぎゅっと締め付けられました。
けれど、当の主任は何も変わりません。 相変わらず激しく怒鳴り、同僚を責め立て、いつも通り平然と現場に立ち続けていました。
1ヶ月後、リーダーはなんとか復帰しました。 でも、そこにはもう、以前の彼の姿はありませんでした。
出勤は遅れがちになり、早退も多い。 何より、あの眩しいほどの明るい笑顔が完全に消え去っていました。
この決定的な出来事がきっかけとなり、現場の空気もいよいよ限界を迎え、会社もようやく重い腰を上げました。
このまま主任を放っておいたら、次は誰が壊れるか分からない── そんな張り詰めた静けさの中、会社は主任を“ひとりライン”へ異動させる決断を下したのです。
そこは、今までの経験や知識がまったく通用しない、扱う部品も工程も異なる、 誰とも関わることができない部署でした。 ただ黙々とひとりで作業をする場所。 それは、彼の「声を封じるための隔離」としか思えない措置でした。
人の声にも、壊れたモノの声にも耳をふさいだ会社の体質
しかし、主任が隔離されたからといって、私の心は晴れませんでした。 正直に言えば「ようやくか……遅すぎる」という強い憤りしかありませんでした。
ここまで現場を放置し続けた会社には、本当に重大な問題があったと思います。
T課長の罪
当時、現場の人間がよく相談に行っていたT課長という人がいました。 話しやすい人だったので、私も、そして他の同僚たちも何度も彼のもとへ足を運び、 現場の惨状を訴えていたのです。
しかし、そのT課長の本音はあまりにも残酷でした。
「パワハラをしても、仕事ができるならそいつは優秀だ」
その歪んだ価値観を知ったとき、私は心底がっかりしました。 いつしか現場では「あの課長に相談しても何も変わらないよ」という諦めの声が広がり、 誰も声を上げなくなっていきました。
会社の「耳をふさぐ体質」は、人間に対してだけではありませんでした。
夏の猛暑の中、クーラーのない工場で業務用扇風機が壊れたときも、 「新しいものをお願いしたけれど、会社に買ってもらえなかった」という話が流れてきました。
・理不尽に心を壊されていく「人間の声」を無視する ・劣悪な現場で悲鳴をあげる「壊れたモノの声」にも耳をふさぐ
組織全体が、現場の苦しみに完全に蓋をしていたのだと、今になって強く思います。
数年後、私が退職したあとに会社のホームページで、そのT課長が「工場長」にまで出世しているのを見たとき、私はあまりの理不尽さに言葉を失いました。
10年という歳月と、消え去った何十人もの犠牲の重さ
I主任がラインから外されるという結末に至るまでに、実に10年という歳月がかかりました。
その10年の間に、一体どれだけの社員やパートタイマーが、 心を病み、涙を流して会社を辞めていったことでしょうか。 泣き寝入りした人もたくさんいるはずです。 黙って去っていった人たちも、きっと今なお、心のどこかに当時の深い傷を抱えたまま生きておられるかもしれません。
「仕事ができる人だから」
その一言で、あらゆる暴挙が見逃され、パートの切実な訴えはいちいち聞いていられないと切り捨てられる。 そんな冷酷な空気が会社全体を支配していました。
最後に:あなたの健康を犠牲にしてまで、我慢する必要はない
この話が、今まさに職場で理不尽な環境に身を置き、 ひとりで苦しんでいる誰かに届くことを願っています。
もしそんな方がいたら、どうか「自分だけじゃないんだ」「会社が変わらないのは自分のせいじゃない」と気づいてほしいのです。
心が完全に削り取られてボロボロになってしまう前に、どうか全力で自分を守る選択をしてください。
一人で抱え込まず、信頼できる人や外部の専門機関に相談することをお勧めします。 私のように、限界を迎えるまで我慢し続ける必要なんて、どこにもないのですから。
会社や他人のために、あなたの人生を壊す必要はありません。 あなたの心と体の健康が、何よりも、他の何よりも一番大切なのです。
