🕊 ようこそ
いつも読んでくださっている方も、今日たまたま見つけてくださった方も、
ありがとうございます。
今回は母との別れについて綴りました。
認知症もなく、いつも通り元気で、私や弟に
「知り合いの多いこの町で、ずっと一人で暮らしたい」と話していたものです
私たちは月に1回、実家に顔を出しては、庭の木を切ったりしていました。
数年前、転倒して骨にヒビが入ったこともありましたが、
「ひとりでできるから大丈夫」と、介護保険やヘルパーの提案も受け入れませんでした。
見守ってくれた叔母の存在
母の家の隣には、母の弟夫婦とその家族が住んでおり、
8月に叔父が亡くなってからは、叔母が毎日、母の家の電気が点いているかを確認してくれていました。
ある日、叔母から「昨夜、灯りがついていなかったので朝見に行ったら、風呂場で…」と
電話が入りました。
その知らせに一瞬呆然としましたが、「すぐ救急車を呼びます」とだけ伝え、
電話を切って通報しました。
静かに訪れた別れ
救急隊からは「心肺停止の状態なので警察にも連絡します」と言われ、
その後、警察からも色々と確認の電話が入りました。
通帳やカードの所在を聞かれましたが、弟が管理していたため、
弟に対応をお願いしました。
夫とともに実家へ向かい、夕方、弟と合流。
最終的には事件性はないとされ、自然死と判断されました。
その日、母は通院日だったそうで、昼ごろ入浴し、
そのまま浴槽で息を引き取ったようです。
検視の先生は、なんと母がかつて勤めていた内科医院の先生で…
驚きとともに、不思議なご縁を感じました。
遺体はそのまま斎場へ運ばれ、その夜はそちらで過ごしました。
翌日は実家に戻り、叔母に感謝を伝え、風呂場を掃除したり冷蔵庫の整理をしたり。
火葬や葬儀を終えたあと、ようやく少し気持ちが落ち着いてきました。
病院に行く日は必ず入浴していた母らしい最後。
看護師として生きてきた人の「習慣」が、最期まで変わらなかったのかもしれません。
たくさんの方に見送られて、母は静かに旅立っていきました。

